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抜刀隊の歌は、西南戦争において官軍の抜刀隊を賞賛するために作られた歌…なんですが、
どうも、これを見てるとそんな気がしません。
一番の歌詞はwikiによると

吾は官軍我が敵は、天地容れざる朝敵ぞ
敵の大将たる者は、古今無双の英雄で
これに従うつわものは、共に剽悍決死の士
鬼神に恥じぬ勇あるも、天の許さぬ反逆を
起こせし者は昔より、栄えしためし有らざるぞ

ここでの敵の大将とは西郷隆盛です。西郷のことを朝敵とまで言っていながら、古今無双の英雄であり、これに従う軍勢は剽悍決死の士とまで褒め称えています。しかもその後では味方がばったばった倒れていくさまを描いており、勝つことよりも武士として死ぬことの誉れを強く勧めています。

現代人的感覚なのかもしれませんが、官軍の抜刀隊を賞賛する歌としてはふさわしくない気がするのは私だけでしょうか?この歌が賞賛しているのは朝敵西郷のほうではないのでしょうか?


江藤 淳(故人)の南洲残影(か南洲随想)に、西南戦争のとき、西郷にとっては日本と天皇はもはや別の存在であった。西郷にとって忠誠を誓うべきはただ日本のみであった。このような旨の文章がありました。

我が忠誠は日本にあり…朝敵、逆臣として扱われているにもかかわらず、今なお多くの人から愛されてやまない理由は、この思いにあるのではないでしょうか?
たとえば、薩摩の名士として西郷とともに大久保の名前も挙がりますが、西郷を慕う人に比べれば、大久保は見向きもされていない気がします。実際、西郷の名前を聞いた人はいないと思いますが、大久保の名前を知らない人も多いのではないでしょうか。

西郷隆盛は、承久の乱における鎌倉方であり、南北朝時代に於ける足利尊氏のような存在だった。だからこそ、天皇に刃向かったにもかかわらず、後世の人から高い評価を受けられるのです。

ちなみにこの曲は後に帝国陸軍の正式行進曲として採用されますが、もしこの歌が西郷を賞賛する歌であれば、後の帝国陸軍が昭和天皇に嫌われる軍隊になったというのも…無関係ではない気がします。

それはつまり、宮城に刃を向けた西郷の意思を、帝国陸軍は無意識的に継ごうとしていたということです。

彼らが方法論は間違っていたとしても、日本的であったからこそ、敗戦の折、A級戦犯として殺されたのです。七人のA級戦犯のうち、一人は文官、残りの六人はみな陸軍の軍人でした。なぜ天皇および海軍上層部が裁かれなかったのか、その理由は彼らが進んで国を売る姿勢を示したから、というのは間違った見方でしょうか。

もちろん、陸軍も海軍も下層の兵たちは大日本万歳だったと思いますし、海軍軍人の血縁者がいることを、私は誇りに思います。私はただ、上層部を、天皇を含めた国の首脳部を問題にしているのです。
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