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DATE: CATEGORY:思ったこと
かつてあれほどまでに大切だったもの、好きだったもの、こだわっていたものが、ふと気付いた時にはもう自分の興味の範疇に入っていない、そんなことをこのごろ強く感じます。

我々が常々抱く膨大な感情の殆どは、一時的なものです。
殆どの思いが、我々自身がそれに気付くまでもなく、精神の辺縁へと消えていきます。
我々はそれに名前をつけたり、価値を推し量るようなことをする暇さえありません。

時折、強い感情は記憶にとどまるくらい持続します。我々が「思い」だと自覚できるのはその強い感情だけです。

しかし、ご存知のようにこの強い感情でさえも、脆弱で、人間の一生という短い時間に比べても、とても短い間に消えてしまいます。

数日で消えるもの、数週間で消えるもの、数ヶ月で消えるもの、中には数年続くものもありますが、しかし、その程度です。

我々を取り巻く世界では良く「永遠の愛」という言葉が使われます。期間限定の愛などといわれれば、それこそ千年の愛も冷めるでしょう。

しかし、我々は普段積極的には認めませんが、どういった感情であれ永遠に持続するものなどそう滅多に見つかるものではありません(「ない」ことはなかなか証明できない。数学でも良くあるように、真の命題を証明するのは容易でも、偽の命題を証明するのは困難であるという事情による)。

そして、五感を通じて与えられる刺激がとても強いために、一時的に抱く感情をしばしば我々の本当の気持ちだと錯覚してしまいます。

では、我々の抱くこの一時的な感情にはいったいどれだけの意味があるのでしょうか。いわばテンポラリーフォルダに入っているファイルのようなこの感情が、我々にとってどれほど大事なものなのか。

何でこんなことを考えているのかといえば、私自身が私自身何なのか分からず、それを知りたいと思うからです。

私は、人間はなぜ生きているのか。

その答えを、生きている間に見つけられるでしょうか。


…なんか最近こういう哲学的なことばっかり書いてますね…本来の目的はどうしたのかと聞かれそうです。
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DATE: CATEGORY:思ったこと
何かをすれば…どこかにいけば…私は人生の意味を見つけることが出来るのだろうか。

最近、そんなことばかり考えています。多分考えるのに疲れているんだと思います。

考えても考えても、いろんなことを知っても結局生きる意味とか、生きている目的、そういった肝心なことは何も分からないままです。

テレビや新聞、雑誌で流れているのはどうでもいいことばかり。どうでもいいこと、スポーツの結果とか、芸能ニュースとか…そんなゴミ情報の中にたまに大事なことがあるのかと思いきやどこにもなし。そこにあるのは全て「もの」に執着した思想の産物。

考えても行動しても答えが出ないのなら、どうすれば良いのか…それが全く分からなくて停滞しています。

生まれて、成長して、結婚して、死んでいく(途中がない場合もあり)…。その時間の中でどれだけ生きることの意味を見出せるのか、それはとても重要なことだと思います。

生きる意味…。難しい問題です。
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DATE: CATEGORY:思ったこと
出会いの形は様々ですし、それが自分にとって良いものかどうかも人それぞれでしょう。

しかし、どんな出会いにも共通していることが一つだけあります。それは、出会いの果てには別れがあるということです。

他人であれば道端ですれ違う程度の別れですが、どんなに絆が強くても、いずれは別れが来ます。

親子、兄弟、夫婦、恋人、親友…どれほど仲が良くても、以心伝心であってもその原則が曲がることはありません。

昔は、それを強く否定していました。経験上その可能性が高いだけで、必ずしもそうではないと。

それを覆せる自信さえありました。今思えば浅はかだったとしか言いようが無いのですが…

最近は、出会いの果てには別れがあることを受け入れている節があります。それでも、まだ解けない疑問というか、合点がいかないことがあるのです。それは、恋愛感情です。

別れに際して、「またいつか、桜でも見ようか」とでもいえる別れは、私は前向きというか、別れさえもお互いのためであると考えられます。

でも恋だけはそうじゃないんですよね。「いつまでも一緒にいたい」…「この人と別れるくらいなら死にたい」…そういう感情を抱いたことのある人もいるんじゃないでしょうか(何で他人事)。

別れという原則があるにも拘らず、それに楯突くような感情を惹起する恋愛とは何であるのか、我々はそれから何を学ばねばならないのか…そもそも、なぜそのような感情を抱かねばならないのか。

これが、今の私が理解できていない最大の問題かもしれません。最終的に別れるのであれば、そのような願望は叶うわけが無いのです。たとえ結婚しても、どれほど子供に恵まれても、死ぬんです。残酷な言い方かもしれませんが、肉体のつながりなんてものは人の死と共に終わります。

だったら恋愛感情は遺伝子レベルの感情(つまり三大欲求と同程度)でしか無いのかなと。もしそうなら、なぜ恋愛感情を持つ必要があるのでしょうか。そんな感情は、食欲などに行動の統制されるのと同じ位人間の精神に対する冒涜的行為であると、そう私は思うからです。

…悟りきったら、もうこの世に生きる必要がありませんからね。私はまだまだ勉強しなければならないみたいです。その過程で、考え方も変わるかもしれません。未来の自分に乞う御期待です。
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DATE: CATEGORY:コンピュータ
先日USBドライブに変なファイルができてまして…その名をUFO.exeというのですが、身に覚えのないファイルで気になってました。

もう削除したから確かではないのですが、私の場合は隠しファイルになっていたので、それを表示させてないと見つからないかもしれません。

で、今日になって調べてみたら、ウイルスかトロイの木馬か、とりあえずご退場願ったほうが良いことが分かりました。実は今までに何回か消したりしたのですが、いつの間にか復活してて怪しいと思ってたんですよね。

えっと、これはどうもUSBをパソコンに接続したときにファイルか何かがパソコンにコピーされて、新しい感染源になるようです。ということは、パソコンとUSBメモリーの両方を同時に片付けねばなりません。

そこで見つけました。「ウイルス検出・駆除用無料ツール Dr.Web CureIt!」…HPはhttp://drweb.jp/support/?cureit

ここからcureit.exeを手に入れてスキャンすれば消すことができます。他のではできたりできなかったりするようです。

それにしても、何で感染したんだろうか…USBメモリ経由で情報のやり取りをしている方は特に注意です。
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DATE: CATEGORY:未分類
この間知り合いが亡くなりまして、その葬儀に出席してまいりました。

最近の葬式にはお金が結構かかるみたいでしたが、その内容たるや惨々たるものでした。この際私が浄土真宗本願寺派でなく、したがって南無阿弥陀仏と唱えるくらいで万事解決なんてありえないと言うことを抜きにしても、全く持って許容しがたい葬儀でした。

一つ目の理由は、あまりにも芝居がかったナレーションや照明の演出があったことです。出席者に「悲しいでしょう?どんどん泣いてください」といわんばかりの演出で生前の写真などを正面のスクリーンに映し出すわけですよ。

フザケンナコノヤロウ…

「今までありがとう」なんてお前らみたいな他人に言われたくない!!と思いながらも私は怒りを抑えつつ席についていました。

そして最後に、喪主の方からご会葬の出席御礼の言葉が述べられた訳ですがこれがもう最悪でした。その文章は件の葬儀屋で用意されていたものらしいのですが、その最後が

「ご指導ご鞭撻を承りますよう…」

……………………!!!!!!!!

いやいや違うだろ。「承る」じゃなくて「給わる」じゃないと失礼なんだって。分からないゆとり君のために説明してあげよう(ここで言うゆとり君とは件の葬儀屋のことである)。

承る→謙譲語→行為の受け手を高める表現

この場合、行為の受け手というのは発言者つまり「ご指導ご鞭撻」を受けるほうであるから、喪主その人に他ならないわけです。学校で言えば、生徒が先生に「教えてください」というべきところを

「教え奉れ」

というのと同じくらい相手に対して失礼なことです。喪主の方が読み間違えたのかもしれませんが、そうでなければなんという文章なのでしょうか。

なんか思い出すだけで腹立たしくなってきましたよ。セルモ玉泉院…なんて言ってませんよ?。
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